#2 ある日、寝室の布団を片付けている時の事。
隣にある団地から出てきた家族が目に留まり、そのまま眺め続けてしまった。
他人の生活を盗み見る、という自分の無粋な行動を恥じつつも、気付かれていないという背徳的な状況が生む強い快感。
ちょっとした神様気分を感じながらボクは布団を畳む手を止めて家族の観察を続けることにした。
幼稚園児くらいの少年の手を繋いでる男性(ボクと同世代)は父親だろうか?
両親とおぼしき老夫婦と談笑している。
なるほど、これはきっと、休日に実家へ遊びにきた息子と孫を祖父母が送りに出るという、よくある別れのシーンに違いない。
そう予想した通り、窓の外、談笑していた親子は老夫婦に手を振りながら駅の方へ向けて歩き出した。
老夫婦も手を降り続けていたが老夫婦の父親は早めに団地の中へ戻っていった。
肌寒かったからか、それとも照れくさくなったのか。
どちらにせよ、世間一般における祖父のイメージそのままの行動に嬉しくなり、笑ってしまった。
しかし、祖母は手を振る事を止めない。
それに応えるように孫はおどけるような仕草で慌ただしく動きながら祖母の気を引いている。
祖母も負けじと団地の門柱の陰に隠れたり、手だけ出して振るなどして、おどけ返している(※1)。
名残惜しそうに手を降り続ける2人の間に存在する、別れの淋しさとは裏腹の幸福感。
多分こんな風景はどこにでも存在するのだろうけれど、当たり前だからこその幸せという生活の奥深さに改めて触れたボクは、
「なんて事の無い当たり前の日々にのみ脈打つドラマが存在する」
そう結論付けておもはゆい気持ちになりながら、彼らのドラマを夢想した。
-奥さんが一緒でなかったのは子供を産む時に亡くなってしまったから-
-老夫婦は奥さんの両親であり、孫は娘の忘れ形見-
-遠方に住む娘婿と孫には年に数回しか会えない-
-彼らが来る時の為に、老夫婦となった現在は作らなくなった子供向けの料理を用意する-
-料理を作りながら娘が幼かった頃にはよく作った、などと過去を振り返り少し淋しく思う-
-好物のハンバーグを嬉しそうに頬張る孫を見て祖父母は思う、娘と同じ物を孫は好きなのだと-
ふと気付くともう彼らの姿は見えなくなっていた。
彼らがどんな日々を歩んできて団地の前で手を振りあう日常へ到達したのか、それは彼ら以外にはわからない。
きっと、普通だけれど何とも取り替えの利かない唯一な生活を営んできたのだろう、だからこその祖父母と孫との逢瀬なのだ。
そんな家族の風景に触れたからか、自分の両親の事を思いだした。
元気だろうか、相変わらず姪には弱い(※2)のか、三年前に手術した病気は本当に何ともないのだろうか、など色々と取り留めもなく考えた。
今まで両親から受けた恩を仇で返すような生き方は避けたい(※3)。
そんな事を強く胸に思いながら、ふと気付いた。
自分がパンツ一丁(※4)で仁王立ちしながら窓の外を眺め続けていた事に。
「30代独身、パンツ一丁で部屋に突っ立ち外を眺め続ける」
それはきっと、はたから見れば、ただの変態、ともすれば、ただの犯罪者。
「あ、今、ウエノ容疑者が自宅アパートから出てきました!.......着ています!服は着ています!」
「『ただ外を眺めていただけ』と容疑を否認しております!」
「『シャツくらい着ろ!』と、ヤジ馬からすごい罵声とブーイング、あ、卵が投げつけられてます!」
どこからか聴こえてくるありもしないアナウンサーの実況、パンツ一丁で捕まったらこんなんだろうか。
とりあえず、そんな息子は親不孝よりさらにガッカリするだろうと反省し、いそいそと服を取りにいく間に一冊の本を思い出していた。

「生きる歓び/橋本治」(ISBN:978-4-04-356701-0 )
日常を題材にした短編集。
読む人によっては「しょっぱい話」しか載ってないと感じるかもしれません。
しかし、派手さとは一切無縁な普通の人々の普遍的な生活に触れて、感じるのは、とても前向きな淋しさ。
過ぎていった時間、これから向かえる事になるだろう時間、それらが俯瞰という客観的な視点で描かれたこの作品に共感する方がいるのなら、きっとその方は色々な意味で子供では無いでしょう。
なので、ある程度年齢を重ねた人にこそ染み入る短編集かもしれません。
しかし、派手な展開の小説に食傷気味な方には胃薬のようにゆるりとしみ込む事と思います。
ちなみにこの短編集はシリーズ化されていて「つばめの来る日」「蝶のゆくえ」というタイトル(未読ですが「夜」という短編集が続くようです)が続いて発行されています。
日常ばかりが掲載されているこの三冊、さすがにパンツ一丁で生活する男の物語なんて収録されてはいないので、ボクの日々は自分で思っているよりも非日常なのかもしれません。
それでわ、また次回。
(※1) ドラゴンボールにおける残像拳での対決をしているようでした。
もっと彼らのレベルが上がれば「バキッ!」「ドガッ!」という音しか聴こえなくなるのでしょう。
(※2) ボクの父はプリキュア狂いな姪のため、キュアじいちゃんに変身し、ねだられるままにグッズを買い与えてるらしいです。
ちなみにピエール瀧はキュア父さんに変身し、娘にグッズを買い与えているそうです(ピエール滝のコラム「ドングリおじさん」参照)。
(※3) スネオヘアーの歌詞にもあります「恩をあだで返す生き方は避けなきゃ」、彼のメジャー1stは名盤。
(※4) 基本、冬以外の季節に家の中ではパンツ一丁(略してパン一)で過ごす事が多かったのですが、今回の妄想を機に、パン一を卒業しようと思います。......できるかなあ(そこは不安感じるポイントじゃないだろと思った人は実に正しい)。




1. All the Young Hopes
